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石原真理絵  marieIshIhara真理子 "ふわっとした瞬間”
今夜のTV, 去年の実名騒動の裏真実

  今夜放送されました番組「オーシャンズ11」の件につきまして、此処にその事柄を記します。 去年に発売されました本の、実名騒動に関しての事実です。 

 (長いですが、お読み下さいませ)


  今夜の放送後を待っていたのは、ある方々によりこの事実にさえ違う色を付けられるのを避けるためでした。 この真実が永遠に葬られてしまうのは耐え難いことであるからです。


   案の定、曲がった見方をされていては、いつまでも事実は伝わらず、私は人のせいにしてこの話をした訳では全くないので、真実を消さないで頂きたいと思いましたこと、此処に足させて頂きます。


  全てを記せば長々と続いてしまうので、簡潔に書かせていただきますと、
   
  本の中での私の過去において ある一人の方との恋愛話以外の登場人物の章 そして業界の秘密の章、も含めて全ての内容趣向は、全く私の意向ではありません。目次題名・章の区切りも含めてです。
  
  私としては、まさにこのような事態を避ける為にも最初から全て自分で書きたかったのですが、担当者の意向でその形はとれませんでした。
  
  特に恋愛の章は全て、最初の段階でも少しも存在していなかった部分であります。(業界の話も、知ってはいても、、耳にしてはいても、、、本に書くことではない。)

 

  恋愛におけるプライベートな部分の描写、また、実名かイニシャルかなどの基本判断事項を含めて、そもそも9人の(実際は13人でなく9人)恋愛話自体、私の意向に関係のないところで出て来た話なのです。

 過去にうわさで記事にされていたというだけで、私側には知らされずに強引に入れ込まれて最終確認も出来ずに強行出版されてしまいました。


  今日の放映では大まかな部分だけで、ある方の攻撃によりその細かい説明は伝えられずじまいでした。


  そして勿論、最終的な形も、最終的な内容のCHECKも、一度原稿を大部分削除し直した日以降は一切行なえないまま、結局削除直しは反映されずに出版へと至りました。 

  虚偽掲載は著作権侵害であり法律違反であります。(尚、このBLOG記録の件に関しては、すでに出版担当者本人との事実確認をして認めて頂き、このBLOG告知への承諾は済ませております。)


   私の自叙伝の由来は本来、自らが経験した人生の中での家族問題、自殺未遂、そして恋愛においてのDV、また、仕事場や職場、報道上でのいじめなどを、今後は広く起こりうるであろうと私が感じた日本の社会問題として捉えて頂きたかった。
 
 しかるべき機関にこれらの対処を思慮して頂きたいとのメッセージを伝える一点で、その内容としてまとめていた真面目な部分と、
 同じ要量で大事な、健康への興味や星座の話、そしてファッション、スピリチュアルカラー、原石の話なども絡んだアメリカでの経験や日本での自分の生活の姿を楽しく明るく記す本として出版する運びでした。


  (自らの経験を自分だけは開放しなければ、今までの人生経過を全て否定することになり、これからも生きていく身としては、それだけは避けなければなりません。)

 そこで勿論、お相手の男性の方に対して恨みや執着があるわけでは決してなかったので、この方の実名をも出すつもりはりませんでした。その判断も、こちらに相談もなく担当者が勝手にしたのです。)


 私自身は再生してどんな事が起きても変わらずに明るく前向きに生きている、だから皆さんもトラウマも癒して一緒に頑張りましょう、という事を打ち出したかった訳でした。
  そんな人生のメッセージも、実名だの、恋愛だの暴露だので、消されていってしまったような気が致します。 代わりに、担当者が用意していた私の過去の恋愛記事などの資料をメインとした本となってしまったのです。 

 
 また、私が出演したある人気TV番組の現状況も是非教えて頂きたい、と、ある意味触れてはならない深い部分なども“本にはしない”といいながらも調べ始め、インタビュー上での約束を違反されてしまいました。

  
  その後はマスコミがこぞって、私の人生と存在を茶化すかのように、実名、実名と本を読みもしないで騒ぎ立て、更に本の内容を湾曲していったのであります。

  私が、わざわざ自分から恋愛や男性の話を書く訳はなく、それは正気ではない。
  全てを吐き違えて伝えられてしまったのです。
  それ以外にも、当時強行していた担当者に“僕の本でもある”と言われたのには驚愕致しました。ある意味担当者の趣味で、その方の担当している週刊誌の内容かのようにまとめられてしまった思いでいっぱいです。

    
 
  自分が、今まで一番嫌で抗議していきたかった内容記述を、自叙伝としてましてや自分からわざわざ創作する訳がない。 あまりにも自伝内容が、一人週刊誌状態になり過ぎているのです。

これは紛れもなく私の人生経験を冒涜しており、この運びは誠に信じ難いことであります。 
  隋一発売の10日前、まだ私が自伝内容を知らされていない時、私は最悪を察した為契約期間を通常の3-5年ではなく、異例の1年間として申し入れ、逆に一年間限りの契約を証拠としてサインしたのです。

  マスコミの動きから騙されたことを知った時、出版の一週間ほど前には出版差し止めを試みました。
 しかしそれには応じる態度を見せずに逆切れされ、とても怖い感じで強行されてしまいました。
 (第三者では一人だけご存知な方がいます。
 一緒に差し止めをしようという会話もしました。 しかしその人はやっかいなことに芸人なので、事実を面白く話を変えて喋ってしまう可能性はありますね。。 実際は、その方に“仕上がる内容が変だと思うし、今担当者に話してやっぱり出版をやめて貰うから”と私は話しました。
 彼は協力すると言ってくれていました。)

 結局この芸人さんには、この件で担当者から怖い言葉を投げられた事や、私は騙されても人として、担当者の立場を庇うために差し止めが出来ないようだとは言えず仕舞いでした。
 私は、この芸人と担当者両方に気を使って事実を話す事が出来ず、自分が我慢をするしかないと思ってしまったのです。

 そして例の会見へと “生中継だ”と追い詰められていったのです。

 再度、自叙伝の内容で何よりも一番許せなかった事は、数人の方との2人だけのプライベートな描写が入れこまれていた事でした。 
 よって、勿論 誰かさんが “至って普通”なんて、言っても書いてもおりません。 流行語みたいになったようですが、すみません。 私ではないのです。。
 全ての印象は、まるでこの本担当者が在籍するあの週刊誌のネタのようで、私が著者であるとは到底絶対に言えません。 

  
 私は学生時代から潔癖症で知られているのです。いわゆる彼氏との内密な話なども、たとえ友達との間でも、ましてや人前では絶対に話さないで生きてきたという事実と信念があるのです。

それ故にこの本で、一部偏見を持たれてしまったようなところがあったとしたら、それは完全に私の生き方とは離れた見解であり、真に遺憾なことであります。

 私は小さな頃から聖心女子学院で育ち、それに恥じない生き方をしてきました。

 いつかは真実が伝わりますようにと 祈ります。



 結果、この本のお話に出てこられた方々の一部で、ファンの方々、そして関係各位の皆様にご心労とご迷惑をお掛けしました部分におきましては、私自身も不本意なことであり心苦しく思っておりました。
 本来なら、そんな必要はなかったのだと思います。

 つい犠牲精神が出てしまう、これは私の癖であり、忍耐強い我慢ぐせも備わってしまっていたのです。


  また、短い、長いはありますが、当時に人生を共にしたそれぞれの方に、今でも見えない暖かい絆を見せて下さっている事を心より感謝申し上げます。 


  以後は自分の立場を守りながら生きて行きたいと思います。 


  今日は、ここ一年間ずっと伝えたかった事、記述させて頂きました。 


  これでようやく、脳jの荷が降りた気がします。。



  今年の夏には、初小説を書き上げるつもりが、諸々の件で想像力を止められてしまい、完成まで長々とかかってしまっていました。


  今回、ついに事実がお話出来た、とは はっきり言い切れない部分もありますが、(番組は番組で、また曲げられてしまった部分があります。。)
  少しは伝えられたことで、少しずつ脳の荷が降り始めて楽になって来た気がします。今、書き上げの追い込みに入っております。


  2000年に発売したエッセイの時は “フォト・エッセイ”という言葉を生みました。 今回は、、、 あ、 普通に “初・小説”です! ^:^ 


  エッセイとは違い、全てが“無”からの創作活動ですから、大変ですが楽しいです。 何といっても、最初から最後まで全てが私の世界観の中で描かれています。 ファンタジックな感じとロマンの顕現として、仕上げに入ってます! 


  偶然にも新しい初小説の方が、12月発売になりそうです。今年の後半はつねに念頭において何度もホテルに篭りながら、邪魔されながらもSTOPしながらも遂に書き上げる小説となります。


  今夜は自分の中で新しい出発が出来ましたので、今後は、楽しい報告が出来ると思います!


  かなり辛い報告と、将来への嬉しい報告でしたが、今日は最後までお読みくださり、どうもありがとうございました。。。



  


 


 

 契約書はせめてもの救いであり、故に、この本は今年の12月6日以降は、絶版とさせて頂きます。 



 改めてお伝えしたいのは、当時にこのような事情の中でも、私の経験に対して、沢山の応援と共感を寄せて下さったファンの方々に改めて心より感謝を申し上げたいと思います。
 

 今まで口外せずにいましたのは、私は今までたとえ騙されても、人として、担当者の方の会社での立場を庇ってしまい、もしも退任などをさせられてしまう事になってしまっては可哀想だと考えてしまっていたからでした。。


  「この件を会社は知っているのだろうか。。 しかし、
  会社が知ったら、この方は間違いなくクビになってしまう。
  それは可哀想だから、、 私が我慢しようか。。」

会見当時の状況で考えていたのは、自分の感情は抜きにするしかなく、冷静に、自分の名前が使われてしまう上で自分として伝えたい部分だけを語ること(大きな恋愛経験、社会問題、など)。 
 しかし現場での質問が質問でしたから、話は最後まで逸れた部分に集中し、担当者も出版会社もいたので、強行に出来ている本だという内容は、まさか伝えて語ることは出来なかったのです。

  心境としては、運びの全てに呆然としていました。 
 
 本に書かれている部分の中で自分が言いたい部分と、人生で伝えたい部分の最小公約数の内容だけを、譲歩して答えていました。  
 



  その分、外国人記者会見の方でのスピーチでは、本来の本の主旨と本音を語りました。ですから、思いがけずに25分間も英語でノンストップで喋っていたようです。

  しかし、後からその会見の題名が“枕芸者について”となっていたのには、驚き以外のなにものでもありませんでした。

  そのような業界事が耳に入っていたとしても、少なくとも私の身に降りかかった事はなく、未だかつて一度もそのような運びで仕事に望んだことは全くなく潔く生きていたので、心底本当に落胆しておりました。

ですのでその後の諸々のインタビューでは、社会問題の部分だけしか著者として伝えられず、その最小公約数の部分だけを語り伝えていました。 

 
 この原作の映画製作の話が来た時には、最初は断りを入れました。
 思いがけないオファーの中、まだ内容も決まっていないままに、また周りは動きj始めていました。

 断ることが逆に面倒なことになりそうな状況の中、私は考え方を変え、本で曲げられた部分のやり直しをしようと、人生経験の事柄、そしてある意味真摯な純愛物語も織り交ぜて再生へのメッセージ映画として創作することにしたのです。


監督依頼をされた際にもお断りは入れておりましたが、年末を挟んだ2週間後には逆に心配になり、この主人公の人生を一番詳細に現す事が出来るのは自分であると考慮して最終的には引き受けたのです。



  全てがうまくいき和気藹々と製作されていたにも関わらず、あと5時間で効果音が終了、、、という時に起きた例の突然のプロデューサーの豹変振りには愕然としたということです。


 現場では全て真剣に取り組んでいたので、カメラ割りを説明しながら立ちながら喋りながらも10秒ほど意識が飛んだほど、精神誠意を込めて撮影していたので、最後に起きた裏切りには出版の件から溜まっていた一連への忍耐の動きに対し、初めて人生で慨りを感じたのが事実でした、、、。
  
 そしてまたもや、実際の事実確認もしないままにペンを用いて憶測記事を書く人々、まるで私の方に落ち度があるかのように話を進めて行く。。

 例によって、この記事の中で本当の事実を書いた週刊誌は、一誌もありません。

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